④女医が限界を超えた日|玄関で動けなくなり休職するまでの実体験

女医 × 実体験(夫の視点)

女医が限界を超えた日|玄関で動けなくなり休職するまでの実体験

この記事では、大学病院で働いていた妻が、 実際に休職に至った日のことと、その後の現実を書きます。
成功談にはしません。良くならなかった時期も、そのまま書きます。

出勤できなくなった朝

その日は、特別な出来事があったわけではありません。
いつも通り出勤しようとしていました。

玄関の前で、突然、過呼吸を起こしました。
息ができず、体が固まって、外に出られなくなった。

「今日は無理だ」と判断したのは、
本人ではありません。

最初に止めたのは同僚だった

連絡を入れた先で、同僚が言いました。

「それはもう、来ちゃダメだと思う」

その一言で、ようやく仕事が止まりました。
本人が「休みたい」と言えたわけではありません。

休職すれば、楽になると思っていた

正直、どこかで期待していました。
休めば、少しは良くなるんじゃないかと。

でも、状態は変わりませんでした。

  • 過呼吸やパニックは続く
  • 外出が怖い
  • 薬の影響で、ぼーっとする時間が増える

「休職=回復」ではありませんでした。

夫として一番しんどかったこと

一番つらかったのは、これです。

「もっと早く休ませてあげられていたら、 死にたいとか、あんなにつらい思いをさせることはなかったのに」

正解は分かりません。
でも、「間に合わなかったかもしれない」という後悔は残りました。

小さな変化は、かなり後から来た

劇的な回復はありません。
ただ、ある時、ぽつりとこんなことを言いました。

「おいしいものが食べたい」

それまで、食事は完全に作業でした。
それが、少しだけ戻った。

それでも、元には戻らなかった

完全に戻ったかと言われると、違います。

一番大きかったのは、
病棟で、患者の命を救う最前線に立つことへの恐怖でした。

これは根性の問題ではなく、
体が拒否している感覚に近かったと思います。

時間はかかった

休職期間は、3年でした。

収入は、バイト込みで年収1200万円あったところから、
大きく変わりました。

それでも、少しずつ生活を組み直す中で、
病状が落ち着いたあと、妊娠・出産を経て、
働き方を変える選択をしました。

この話を書いた理由

「休めば何とかなる」という話をしたいわけではありません。

ただ、限界を超えてからでは、
選べるものが極端に少なくなる。

それだけは、事実として伝えたかった。

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⑤女医が働き方を変えた実例|健診・産業医で週4にした結果

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